知人のお母様が
逝去された
人の命の終焉に触れ
いつも思うことがある
突然その時が来たとしても
天寿を全うしたとしても
自分の思いを周りに
伝えることは
常日頃から言葉に出して
または
文章として書き記すなど
しておかないと
φ(..)
伝え残すことがたくさん
人の言葉はそんなに意識せず
何気なく聞いている
(*´ω`*)
伝えると伝わる
こちらの意思
と
こちらの意思に反して
の
両方どちらも
その人の伝え残したこと
亡くなった父は
こうすることが好きだった
や
きっと
こうして欲しかったに
違いない
などと振り返ると
本当にそうだったのかな
(=_=)
伝えたいことがたくさん
だとしても
周りの受け手が
気づかなかったり
その時は
必要としていなかったりして
伝わらないのが
あたりまえ
伝え残して後世に
役立てたいと思う気持ちは
こちらの都合
あらためて伝え残すを再考
伝えたことを
利用してもらうために
残す
伝えることを
全部伝えずに残す
どちらも伝え残す
あれこれ考えていたら
そのどちらも
大切な意味があると気づいた
全部伝えなくていいんだ
全部伝わらなくていいんだ
終焉を意識する年代になって
いまそのことが見えてきた
意思を汲み取って
受け取ることが大切で
どう伝えるかは
さほど重要なことじゃない
思いは淡々と
そのときその場に置いていく
それを拾って気づいてもらう
それが
伝え残すこと
点々と残された
みちしるべのように
???
う~~~~ん
自分が伝えると
森の中の
動物のフンのように
思えてしまう
(-_-;)
日々精進
(*´Д`)
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